髭原人は国家試験直前にスロプロに転向!?それを陰で支えた父との関係もヤルヲの自宅で聞いてみた! (1/4)

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髭原人

髭原人プロフィール「でちゃう!」の看板編集部員。豊富な機種の知識を活かした実戦だけでなく、バラエティーでの身体を張った企画の先駆者。ヒゲとふんどしがトレードマーク。決めセリフは「セイラライ!」
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パチ/スロ業界のスペシャリストに迫るインタビュー企画「エキスパート」

今回のスペシャリストは

髭原人のライター・タレント図鑑

「でちゃう!」の大看板、髭原人さんです。

第1回は髭原人さんの編集部員になるまでの経緯を聞くハズだったんですが、スムーズには始まらなかったりしています。

髭原人写真今回の取材場所は喫茶店でも居酒屋でもなく…

インタビューが始まら…ない!?そして、「人の家でインタビュー」家主はまさかの!?

髭原人 画像4では、よろしくお願いします!

髭原人 画像5いつもこんな感じでざっくり始まる感じなんですか?

髭原人 画像6そうですね、こんな感じでざっくりと。

髭原人 画像7とりあえず、軽く10分くらい飲んで、1本吸ってからにしましょうか?

ビールを持つ髭原人とりあえず20分くらい飲むことになりました

髭原人 画像9お時間は大丈夫ですか?

髭原人 画像10僕らは全然大丈夫ですよ。人様の家ですし(笑)

ヤルヲ写真家主です

髭原人 画像12いいっすよ、いいっすよ(笑)

髭原人 画像13僕も初めてお邪魔したんですよ。

髭原人 画像14大阪のこのヤルヲさんのお家ですか?

髭原人 画像15はい。僕もまだドキドキして(笑)

髭原人 画像16ヤルヲさんとは何回くらいお会いしてるんですか?

髭原人 画像17会った回数は…

髭原人 画像18そんなにないですね。4、5回くらいじゃないですか。

髭原人 画像19もうちょいあるわ~。

髭原人 画像20ああ、ユニバカとか入れたらそんな感じですかね。

髭原人 画像21飲んだ回数でいえば、4、5回くらいじゃないかな。

髭原人 画像22そんなにありました?

髭原人 画像23収録の前夜と収録後に飲むから(笑)

髭原人 画像24あれで、もう2日分か(笑)

そう考えたら、5回はありますね。

髭原人 画像25まあまあ、食べてくださいよ!

って、大阪の人に551を出しても、ってところなんですけど(笑)

551の差し入れと髭原人ということで取材班もご相伴に

髭原人 画像27でも、551って大阪にいると逆に食べないですね。

髭原人 画像28551はシュウマイが一番好きなんですよ。

髭原人 画像29「肉!」って感じがすごいですよね。

髭原人 画像30そうなんですよ、ネットリとした感じで。肉まんよりも絶対にシュウマイ派なんですよ。

髭原人 画像31皮がない分、肉まんほど重くないので数いけますよね。

髭原人 画像32そうそう、エビシュウマイとかもバカバカいけますよ。肉まんのあの餡がまるっと入ってるだけですからね。

ようやくインタビュースタート!編集部員になったきっかけはスカウト!?

髭原人写真ここから「エキスパート」スタートです

髭原人 画像34では、そろそろ…

まずはウォーミングアップ代わりみたいな感じで、「編集部員になるまでの経緯」みたいなところから。

髭原人 画像35あー、よくあるやつですね。もう何万回話したかわかんないですけど(笑)

きっかけは、パチンコ屋さんで編集長に声を掛けられました。

髭原人 画像36スカウトされた、ということですか?

髭原人 画像37そういうと、響きがカッコイイですね(笑)

「でちゃう!」って会社に所属しているんですけど、triple a出版って元々名古屋でブイブイいわせてた会社で、クソみたいなイベント会社だったんですよ。ずっと「6」って煽り続けるような、射幸心の塊みたいな会社で(笑)

髭原人 画像38まあ、当時の風潮ですよね(笑)

髭原人 画像39まあ、名古屋で一財を成しまして、広告バブルの頃でウハウハでしたよ。それで調子に乗って東京に出て来たんですよ。

東京に出て来るにあたって、上野にパチンコメーカーがいっぱいあるじゃないですか。そこで上野に事務所を構えることになったんです。上野にはパチンコホールもいっぱいあって、上野のパチンコホールをウチの編集長がグルグル回ってたわけですね。

そのとき、僕はまだ22とか23くらいで、都内のホールで打ってたんですよ、結構な数で(笑)

髭原人 画像40いわゆる「軍団」的な。

髭原人 画像41そうしたら編集長がホールを回っていた中で「軍団みたいなので、いつも勝ってるよね」って声をかけてもらって、ホールの踊り場で「こういう雑誌があるけどやってみないか?」って話になって。

そのとき、関東の人間だったんで「でちゃう!」なんて知らなかったんですよ。なので「なんだろ、それ?」って思って雑誌見たんですけども、その頃のつくりなんて学生が作る様な雑誌だったんですよ(笑)

髭原人 画像42それでも「やってみようかな」と。

髭原人 画像43その頃、色んな雑誌でノリ打ちの漫画とかが流行ってて「面白そうだな」って。

当時、僕らは元学生のグループで、「学校を辞めて、みんなで打っていこう」って話になってたんですね。

なので内定とか蹴った人もいて「それなのに、お前だけそっちに行くのはどうなの?」っていう人が半分くらいと、「自分たちの集団の中からそういう人が出てくるのが嬉しい」っていう人が半分いた状態だったんですけど、結局やることになったんですよ。

あれからもう18年経ちましたね。

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  • 1:2020-02-22 22:14:53髭さん大好きなんですが、あんまりご自身の事を話しているイメージがなかったのでこの記事を読めたことに感謝感激でした。 ありがとうございます?
  • 2:2020-02-23 13:14:41普段聞けない髭さんの事が聞けて凄い楽しかったです! 次回も期待してます(`・∀・´)

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